横浜の思い出の記事一覧

ノートパソコンとデスクトップの2馬力にやっとできた。

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。
ずぼらな性格が災いして引越し以来、何も手につけなかったけどゴールデンウィークも最終日ということで、やっとノートパソコンとデスクトップパソコンがWi-Fiで使えるようにしたから2馬力にできた。

 

3月19日に引っ越してきた時は、まだ冬の防寒着を着ていたけど今はTシャツ1枚でも外に出なければ平気ですね。

エアコンも使うまででもないのですが、昨夜は一匹の蚊に悩まされたのが悔しくて、断舎離第一弾として部屋の模様替えから始める。

 

新山下のホームセンターで買ったままのカラーボックスを組み立てるところからやってみる。

奥の壁際に置いていた段ボール箱8つをまず中をチェックしながら何が入っているかの確認から、反対側の壁側に移動させる。

これを順次片付けなければ、断舎離とはならないのだ。

着るものだけは先にプラスチックの衣装箱2つで片付けたけど。

 

 

そして、一旦空いたスペースに組み立てたカラーボックスとノートPCを置いてたカラーボックスを2つ並べてデスク代わりに使う。

 

デスクトップの筐体は一番端っこのスペースに置き、デスク上は左からプリンター、その上にモニター、キーボード、マウス、ノートPC、マウスの順にしてみた。

余分なものは置かないが、ペン立てと娘の写真は立てた。

息子の写真がないけど、年賀状として送ってくれた奥さんとの晴れ姿の写真を立てるつもり。

 

 

部屋の壁が白いクロスで貼ってるけど、画鋲しか使えない。

時計の掛けられないような不便さは、次の引越しのためのモチベーションとするために、ノートPCの背景画像をその予定先にしてる。

 

山下公園が目の前に見えるマンションだけど、公園や海が見える部屋は中々空かないようだ。
分譲と賃貸があるので、分譲も視野に入れての経済力を身につけるしかない。

中華街に近いし、今建築中の「ドンキホーテ」も近いからこその「お気に入り」に入れている。

 

 

 

今の部屋は、伊勢佐木町商店街や元町商店街、横浜橋商店街の何処に行くにも同じくらいの距離なので、その日の気分で行けるのが最大のメリットなんですね。

 

年取ってくると車を運転することはないし、バイクや自転車さえも億劫になるから、徒歩で行けるスーパーマーケットなどが重宝となる。

今は、徒歩4~5分石川町駅そばの食品館「あおば」がある。

 

が、その手前の「マイバスケット」や「ファミリーマート」「ローソン」の方が利用する機会が多い。

 

ちょっと出かける時は、伊勢佐木町の「ドンキホーテ」か横浜橋商店街に行くようにもしている、散歩代わりに。

毎日、パソコンでコツコツ作業をしていると運動不足は否めないからの散歩ですね。

 

 

 

今日は、ナンだかご機嫌なのでデスクトップの方にスピーカーまで使えるようにしたので、今は「ちあきなおみ」を聞きながら(笑)

いいよね、「ちあきなおみ」さんは、本当に歌が上手いというか半端じゃない歌唱力が魅力だよね。

昔に芸能界の社長に彼女のマネジメントをやってよと言ったことがあったけど、「食うに困っていないから無理だよ」って話だった。

 

 

 

世間では、ゴールデンウィークだったようだけど僕には全然関係の無い数日間だったね。

でも、一応は2馬力になったので明日からはツールを2台のパソコンでガンガン回していくつもり。

 

もう1台ノートPCがある、間違ってWindows10にあげたら使えなくなったけど、これを何とか蘇生すれば3馬力になるんだけどね。

 

デスクトップももう1台ある、捨てようかとしてたやつだけどこっちを使えるようにして3馬力にするのもありかな。

 

 

 

何しろ気分一新して、新しいビジネスに挑戦する。

 

おなかがすいてきたので、これから買出しに行きます。

今日は、伊勢佐木町の「ドンキホーテ」に行きたくなった(笑)。

百均で息子用の写真立ても買ってこなきゃね。

 

 

 

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

横浜の思い出, 芸能界

横浜は面白いです、楽しめますよ。

おはようございます、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

横浜は面白いです、楽しめますよ。ってことですが、昨日の夕方に関内駅北口で友人と待ち合わせして、ちょっと一杯となり行った先が「さくら水産」。

ここで、昨年12月の忘年会以来となる旧交を温める。

中生から始まり、生レモンサワー、酎はい、ホッピーと続き、肴は刺身盛り合わせ、いか丸焼き、串焼き4本、あら煮2つとお互いに飲むのか食べるのか優先順位も定まらず適当にやります。

 
そして、お勘定となったところ、彼が支払いを済ませております。

え?どうしてとなったのですが、色々と世話になったお返しだということで半分だけ納得して撤収。

 

 

少し何か食べて行こうよってことで、交差点をわたって直ぐの日高屋さんに行く。

ここは、レモンサワー4杯、餃子2人前、ニラレバ炒めをいただき合計1990円(税込み)、これは彼がトイレに行ってる隙に黙って僕が支払う。

 

 

そして、関内駅改札口で握手をして次のあることをお互いに確認。

でも、不安なのは僕の方で、彼が昨年末に目がおかしくなったと飲んでる時に知らされ、顔をよくみると顔面神経痛のような不具合が見て取れた。

なるほどね、やっぱり飲みすぎの後遺症がこんなところで出て来るんだと妙に納得していた僕がいる。

 

 

そうんなですよ、彼は以前から糖尿病もちの痛風もちのイタイ体の持ち主でした。
アルコールが敵であるかのようにドクターストップが掛かっていたはずなのに飲みたがる。
これって、僕の責任じゃないけどどこかで責任を感じる。
苦肉の策で、今度会うときまでにお互いにアルコールを抜いて少しは安心して飲めるようにしようねって言うと。

「そうだよね、やっぱり無理はできないよね」って、応える。

分かってるジャンと心の中で納得しながら送り出す。

 

 

 

 

それから、朝のパンがないことを思い出してマリナード地下街へと向かう。

時間が時間だったので、半分以上は店仕舞してる。

が、端っこの惣菜屋さんは?

 

やってた、まだシャッターが降りてない。

と、期待したが陳列台や棚には何も無い。

 

 

そこに突然、「一カゴ500円」の雄たけび。

えっ?何なの、この雰囲気?

 
しばし沈思黙考すると、最後の最後の持ってけ泥棒スタイルの投売りセールが始まっていた。

それも、5カゴだけの最終売り尽くしセール。

運よく、二番目に買うことが出来た。

凄いぞ、これぞ横浜の楽しみ方の真髄というかビックリ仰天。
①ポテトフライ299円半額
②茄子の和風そぼろあんかけ299円半額
③六甲山麓牛乳を使用した蟹クリームコロッケ400円半額
④広島産カキフライ(大)360円半額
⑤大学いも178円半額
⑥揚げだし豆腐の野菜あんかけ299円半額
⑦粗挽きメンチカツ丼499円半額


普通に値引き前の金額は、2334円。

これが半額セールとなると1167円ですよね。

それが何と最終価格は、一カゴ500円になりました。
要は、500円で2334円のお買い物ができたってことです。

勿論、プラス消費税の540円を気持ちよく支払いましたとさ。

 

 
これが、横浜を代表する関内駅と目と鼻の先の地下鉄関内駅の直ぐ隣での実態です。
横浜って、素晴らしいでしょ、楽しめる所だよねってお話です。
(朝だけじゃ、食べきれない)という、泣き言も聞こえる(笑)
夜もいけるんじゃないと、内心しめしめですね。

 

 

 
じゃあ、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

横浜の思い出

野毛の大道芸を見に行くつもりだったけど、駄目だね。

こんばんは、いつもと違う@福だるまです。
22日、23日と野毛の大道芸を見に行くつもりだったけど、吉田町のJAZZに足止めくってたら22日夕方は空模様が危うくなって来て大道芸は23日にと勝手に決めてたけど、昨日は部屋から一歩も出る気がしなくなって引きこもり状態、駄目だね。

 
だけど折角の野毛だからと桜木町の「ぴおシティ」に足を伸ばした。

それというのも、あの「美濃屋」さんがぴおシティの地下1階にあったから、柿の種は買わなかったけどお気に入りの堅い煎餅は何年かぶりで食べることが出来た。

土日と2日にわたってだけど、食べ応えがあり感心した。
以前、草加に住んでいたときに香典返しで「草加煎餅」を箱入りでもらったけど、違うね美濃屋さんは。
僕が馴染んできた40年以上前からの付き合い、片方の草加は3年弱だから個人的に歴史が違う。
商品も色々とあって目移りしたけど、憎いやつだけ買った。

醤油の焦げた匂いが、食べた後も鼻に残るような気持ち良さ。

人間の味覚てのは、年とともにというか環境によっても違うよね。

若い頃の僕だったら醤油味は食べる気がしなかった。

煎餅というより、かきもち派だったからどちらかというと塩味。

てか、味のついているのは好きじゃなかった。

 

 

昭和48年に横浜に引っ越してからだよ、「美濃屋」の「品川巻」から柿の種などの醤油に馴染めたのは。

でも、いまもってげんこつ系の固いやつが一番好きだけど。

鬼堅いともいうけど。

 
それと量り売りが良いよね、100g単位で自由に頼めるから。

時代とともにそれなりには値上がりしていると思うけど納得価格。

スーパーで買う奴よりは若干お高めです。

 
小港1丁目に行くより、桜木町に行く機会が増えそうな予感。

ぴおシティには、地下2階に昔馴染みのお店が健在だったから。

立ち飲み系で良く行ってた「石松」と、もう一軒は店名が変わってたけど中身は同じようだった。

 
どちらも寄らずにルックだけ、吉田町の梅屋の「焼き鳥」が気になって仕方なかったからだけど梅屋にも立ち寄らずに曙町に向かう。

「後藤製豆」だよ、「美濃屋」さんだけじゃ片手落ちだから。

で、後藤さんに行く。

 
少し陳列が違っていたけど、間違いなかった。

月に一度は来るという腰の曲がった昔の娘さんのあとに、ジャイアントコーンを買う。

これも堅いけど、絶妙な塩味が後を引くね。
簡単には食べきれないから、保存に気を使う。

 

 

 

その後は、お決まりの横浜橋商店街。

ここで「焼き鳥」、「手羽先」と「天ぷら盛り合わせ」を肴に久しぶりの部屋飲みをした。
一週間のコツコツ作業のご褒美にとの名目で。
が、500mlのビールもどき発泡酒2本と芋焼酎1杯だけで終わり。

 
飲む方も無理しなくなった、年のせいかな決して若くないからね。

昔ほど飲めなくなったのは悲しい現実だよね。

ガキの頃につるんでた連中に会わす顔がないよ。

一緒に付き合って飲んでくれてた彼女たちにもだけど。

 

 

いつも言ってることだけど、エンゲル係数をあげて「うまい肴と本物の酒」が好きな時にちょっとだけ嗜めるようになりたいね。

昔は部屋飲みなんて考えられなかったけど、人間変わるよね、味覚が変わるってのもアリだ。

 

 
昨日は部屋から一歩も出なかったけど、今日は石川町郵便局に行って帰りに改装になったスーパー「あおば」に寄り、夕食を調達したけどスマホの万歩計では2063歩だけ。
酒が弱くなったのはしょうがないから、せめてダイエットでもして
32インチのリーバイス501ボタンのがはけるようにしますかね。

これって、W32・H32のUS中古物を1500円で買ったけど安いでしょ。

 
伊勢佐木町のリサイクルショップだったけど、最初に目を付けた時に買うのをためらったけど次に行った時も飾ってあったので、心の中で「やった!」と即レジへ。

買い物上手の福だるま(笑)

 

 

 

 
くだらないことばかり書いてごめんね、何も思いつかなかったから。

 

 

 
じゃあ、またね。

横浜の思い出

ヨコハマ大道芸2017に行ってきた、横浜市中区民として。

おはようございます、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

 

昨日の夕方ですが、ヨコハマ大道芸2017に行ってきました、横浜市中区民として。

同じ中区でのイベントなので、僕が好きな伊勢佐木町に。

横浜が今浦島のような僕にとっては、この様なイベントは物凄く新鮮に移ります。

 

 

 

部屋から1階に下りて一直線、徒歩10分程度で伊勢佐木町商店街の「有隣堂」横の主催者が用意してるテントに到着です。

そして、A4見開き、裏表全4ページの「ヨコハマ大道芸2017」のパンフレットを手にし、表紙の左隅にある主催者欄に目を通します。

 

 

主催◎ヨコハマ大道芸実行委員会
(NPO法人ヨコハマ大道芸/イセザキ・モール1・2St.石川町商店街
{協}吉田町名店街会/みなとみらい21大道芸2017実行委員会)

後援◎朝日新聞横浜総局/神奈川新聞社/産経新聞横浜総局/東京新聞横浜支局/日本経済新聞横浜支局/毎日新聞横浜支局/読売新聞横浜支局/ラジオ日本/NHK横浜放送局/FMヨコハマ/TVK
公益財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー/横浜市文化観光局/横浜商工会議所

協賛◎(株)ありあけ/アサヒビール(株)/キリンビール(株)/コカ・コーライーストジャパン(株)/横浜信用金庫/いわさき不動産/横浜・Fマリノス/萬里放題亭/(有)ヨコハマ大道芸

協力◎東京急行電鉄(株)/横浜高速鉄道(株)/東日本旅客鉄道株式会社横浜支社

お問合せ◎ヨコハマ大道芸実行委員会TEL.045-662-0931
ヨコハマ大道芸ウェブサイト◎http://daidogei.jp/

 

 

表紙の真ん中あたりに小さく、

ヨコハマの春は
ワクワクドキドキ!

右下方に、4.15(土)・4.16(日)

石川町商店街11:30→17:30
イセザキ・モール1・2St.11:30→17:30
みなとみらい21→11:30→18:00

 

 

4.22(土)・4.23(日)
吉田町アート&JAZZフェスティバル
11:00→17:30

第42回野毛大道芸4.22(土)・4.23(日)開催!
ご来場の際には公共交通機関をご利用ください。

横浜で大道芸といえば、「野毛」が当たり前だと思っていた今浦島ですが、今は片隅に追いやられて母屋を乗っ取られているようです。

申し訳程度に本当に小さく小さく書かれているだけ(笑)

 

 

 

見開きを開くと真ん中にイラスト地図の会場案内。

「みなとみらい21」「イセザキ・モール1・2St.」「石川町商店街」での会場と出演者、出演時間が書かれています。

 

 

そして、裏面には◎協賛各社の広告が協賛金額に応じて大きさを違えて紹介されています。

 

一番下に、
ヨコハマ大道芸のイベントスケジュール、
芸人プロフィール情報はここでチェック!

facebookヨコハマ大道芸公式アカウント

ヨコハマ大道芸【検索】
ヨコハマ大道芸公式サイト
http://daidougei.jp

QRコード

ヨコハマ大道芸事務局
231-0002
横浜市中区海岸通3-9郵船ビル2F
Tel.045-662-0931
FAX.045-662-9234
E-mail:info@daidogei.jp

 

 

 

このパンフレットを見る限りでは、人が全然見えてこないので誰が中心になってやっているのかさっぱり分かりません。

 

けど、横浜には大昔から2つの大きな勢力が棲み分けしながらイベントなどを仕切るようなことが行われています。

 

 

夏の花火大会などが、その良い例なんですがね。
現在は、山下公園と臨港パークでそれぞれ日時を変えて開催されますが以前は山下公園だけで、競い合っていました。

 

 

この大道芸イベントも、ちょこっと突けば「協賛」に横浜信用金庫が入っているので横浜銀行の名が出てこない。

 

これは僕が昭和53年、28才の時に伊勢佐木町の裏通り、親不孝通りといわれていたところに「ショットバー」を開店した頃に聞かされたことが、いまだに続いているということなんですね。

横浜が開港したのが、1858年「日米修好通商条約」が結ばれたその後にですから、たかだか160年弱の歴史しかないです。

が、条約締結時の神奈川湊から小さな漁村が「横浜港」になる中で、特に戦後において2大勢力が出来上がったんですね。

 

そして、よそ者は受け付けないという閉鎖的な町でもあります。

東京資本というか大きな資本を持って乗り込んでくるところには迎合してくれるところもあります。

 

大道芸か話がそれてしまいましたが、来週の「野毛大道芸」に行ってみて現在の横浜勢力図を手に入れてくる予定です。

 

 

 

因みに22日・23日の「吉田町アート&JAZZフェスティバル」が行われる「吉田町」の由来は、この横浜開港の過程で「吉田新田」をやった吉田何とかさんから付けられたということを聞いたことがあります。

 

今でも吉田家の方々は「吉田興産」として貸しビル業を営んだりしていると思います。

お店をやってた頃に僕の「無尽」にこの一族の方が来てくれていたのを思い出しました。

 

 

 

また、ちょくちょく今の横浜を紹介していきますね。

 

 

じゃあ、またね。

昨日は、ヨコハマ大道芸に行ってきたというお話し。

 

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした、

横浜の思い出

元カノとの久しぶりの会話は、昔にタイムスリップできた。

おはようございます、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

元カノとの久しぶりの会話は、昔にタイムスリップできたってタイトルは変わってるよね。

そうなんですよね、この元カノと言っても大昔に付き合っていた人。

 

一昨日の恩人が亡くなっていたことにショックを受けて、親戚のような身内である彼女に5年ぶりくらいで昨日電話した。

「お久しぶり、福だるまだけど。」

『え?どうしたの?』

 

「昨日さあ、昔からの友人が亡くなってたのがショックで君の安否確認がしたくってさ」

『そうなの、私は元気よ』

 

「良かった、嬉しいよ」

『私も気にはなっていたんだけどね、なかなかね……』

『横浜に行ったときには、Mには会うんだけどね』

そうなんです、Mというのは共通の友人というか元奥さんのこと。

 

『でもあなたのことはね……』

「お互いに話題にしたくないでしょ、勝手な男だから」

『そういう訳じゃないけど、なんとなくね』

 

「Mが癌を切ったの知ってた、知らないよね」

『え?そんなこと一言も言ってなかったわよ』

「それも、二度」

『どこだったの?』

「大腸ガンと肺ガン」

『大変じゃない、でも働いているんでしょ?』

 

「そうだよ、でもあいつ一人で溜め込むからね」
「癌は、ストレスが一番なんだけど、その原因は俺でしょ」

『そうだよね、あの子本当に何も言わないから』

 

 

「去年の11月に正式に離婚したんだよ、Mの希望で」

『そう、それも知らなかった』

 

 

「別れたといっても、他人じゃないからね」

『やっぱりね、あなたらしいわね』

 

「また、電話するよ、ありがとうね」

『私からも電話するわ、今度は』

 

ということで電話を切ったけど、良い思いでだけが残る素敵な女性です。

 

 

が、話の途中で『幾つになるの?』

「今度の6月で67歳」

『そうなんだ、私なんて73だよ』

これって、普通の方から見れば爺さんと婆さんの会話かもね(笑)

 

でも、僕たちにとっては42年前の古き良き時代がすぐに思い出される、楽しかった記憶は半端じゃなく脳裏に刻まれてるよ。

 

 

 

そう言えば、元奥さんと初めて男と女の関係になったのが彼女の誕生パーティーを僕のお店「ペガサス」でやった日だった。

皆を送り帰した後の二人だけの二次会から始まった。

 

 

僕に好感を持ってくれてたのは良く分かっていたが、水商売の人しか付き合ったことがない僕は躊躇していたのも事実。

それに加えて、年下の女性とは一度も付き合ったことが無い。

 

2つの初めてが重なっていたが、あの日は何となくその気になった。

忘れもしない、1979年3月23日、28歳の時だった。

 

 

 

もう時効もいいところだから書くが、元カノさんは横浜・関内の高級クラブのママをしていた有名人。

付き合ってた頃は、川崎の彼女の妹分のお店を手伝ってた。

たまたまこの妹分が独立した時に僕も手伝ってあげていた。

いつも着物姿が粋で憧れてもいた。

 

そんな時、飲みすぎたのか気分が悪そうだったので送って行ったのがきっかけで、関係を持った。

当時の僕には、横浜に同棲している彼女がいたのも知っていたけど大人の関係は1年続いた。

 

目黒に事務所兼用の1LDKのマンションを借りて、居候を寝泊りさせていたから、この居候がアリバイ工作をする係りでもあった。

携帯電話とかスマホなんて、考えられない時代だったので横浜と川崎と目黒の3本の固定電話が命綱でもあった。

 

横浜の彼女から目黒に電話があると、
居候が「先輩はまだ帰宅していません」と言って川崎に電話する。

 

僕は、その電話を川崎で受けて横浜の彼女に、
「今、帰ってきたけど何かあった?」

『ううん、ちょっと声を聞きたかっただけ』

「そう、じゃあ、おやすみ」

 

とかいう話で、週の内3~4日ずつ横浜と川崎の部屋に泊まっていたから、実際に目黒の部屋はアリバイ工作員専用と化していた。

 

 

 

同棲の掛け持ちは、何ていうのかな?

不倫じゃないよね?

 

 

この様な関係を1年も続けて、理解してくれていたのが昨日電話した元カノ。

 

今風に元カノなんて書いちゃっているけど、僕が頭があがらない女性の一人で大恩人でもある。

 

 

本当に感謝してるから、彼女のために終の棲家を横浜に作ろうと思う、介護ホームのような、これが身近な僕の夢である。

大昔に横浜で超有名だったゲイバー「ピノキオ」のママと一緒に長崎で別荘を買い隣組として80過ぎの入院がちな彼氏と暮らしているというけど、彼氏に万が一のことがあれば横浜に帰ってくるはず。

 

 

 

勿論彼女だけでなく、僕と一緒に暮らしてくれた女性たちも誘うつもりだが、今がしあわせな人は来ないかな?

 

昔話に花を咲かせて、僕のことを肴に女性同士で飲み明かすなんて生前葬のようで面白いなと思っているのは僕だけ?

 

 

 

 

皆、一人でいるって寂しくない?

 

 

 

僕の原動力は、女性。

 

 

 

暫くパワーが落ちているような気がしていたが、新しい女性との出会いが無いのが原因のようだ。

 

 

今はやるべきことが沢山あるから、少し片付いたら遊ぼう。

 

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

同棲時代, 横浜の思い出