2017年3月の記事一覧

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

女性のための万馬券倶楽部を始めるつもりです。

 

以前から万馬券倶楽部をやっていますが、男性会員との付き合い方に少々の疑問を感じているので、女性のためにだけとしようかと思っています。

 

但し、僕に弟子入り希望の男性が1年以上前から何かとしつこく付きまとって来てる。

たまたま昨夜、色々なことを2時間半も話していて万馬券倶楽部のことを中途半端に休眠していたことを思い出した。

 

そして、彼に教えたつもりだったのが全然行動に移してくれない。

その癖「万馬券捕獲ソフト」を即購入したいとメールが来てた。

僕の教え方が悪かったの?

 

『そんなことはありません、自分がやらなかっただけです』

 

 

電話口で、この万馬券捕獲ソフトを使うに当たっての最低条件を改めて教える羽目になる。

①まず、JRA(日本中央競馬会)のホームページを隅から隅までチェックしろと強制的に駄目出しをする。 http://jra.go.jp

 

②グローバルメニューの「電話・インターネット投票」をクリックして下さい。 そうすると、電話・インターネットのページに飛びます。

 

③そして、初心者マークがついた「はじめての方へ」をクリック。

 

④はじめての方へのページに飛ぶと「会員の種類と特徴」の説明があるので、電話で投票するなら「A-PAT」とある方をクリック。

 

⑤A-PATとは?を見ると「A-PAT専用の口座」の開設の説明がある。

A-PATをご利用いただくには、JRA指定銀行にA-PAT専用口座を新規に開設していただきます。A-PAT専用の特殊な口座になりますので、下記のJRA指定銀行にすでに口座をお持ちの場合でも転用することはできません。

とあるので、口座開設手数料が不要の

○みずほ銀行

○三菱東京UFJ銀行

○三井住友銀行

○りそな銀行

○東邦銀行

以上の5銀行のうちお好きな銀行を選んで開設していただきます。

 

⑥「A-PATのお申込はこちら」をクリックします。

 

⑦「A-PATに申し込む」をクリックするか、電話で申し込みます。

この電話で申し込むのが簡単なのでこちらがおススメです。

ちなみに「A-PATに申し込む」をクリックした場合には、A-PAT会員申し込みSTEP1として、 氏名 氏名フリガナ 性別 生年月日 電話番号 を、入力して「次へ」ボタンをクリックすることになります。

この先にSTEP2があるのですが、僕は2度入会は出来ないので省略させていただきますが、ガイダンス通りに記入して下さい。

※A-PATご利用開始までの流れ

1.加入お申し込み お申し込みいただく際の登録内容は次のとおりです。

(1)お名前

(2)性別

(3)生年月日

(4)ご住所(郵便番号)

(5)自宅電話番号

(6)ご希望の銀行名

 

2.書類到着 お申し込み後、JRAより「加入手続きのご案内」を送付します。 A-PAT専用の口座を開設するために必要な「口座開設書類」も同封しています。

 

3.JRAへの加入手続き 加入手続き用紙にご記入、ご捺印の上、JRA所定の本人確認書類を添えて、JRA宛にご返送ください。 また、同封の口座開設書類にて専用口座開設のお手続きをお願いいたします。

 

4.ご利用開始 利用開始日の直前に「利用開始のご案内」を送付いたします。 ご利用にあたって重要な内容が記載されておりますので必ずご覧ください。

 

⑧申し込みされると「銀行口座開設」関連書類一式が届きます。 当然、A-PAT会員申込書も同封されているので、一緒に手続きをして下さい。

 

⑨そして、気長に銀行からの口座開設のお知らせとA-PAT会員の加入者番号やID、パスワードなどが送られてくる「利用開始のご案内」を待ちます。

 

⑩新規に開設したJRA専用口座に当座の軍資金を入金されて、やっと電話での勝馬投票が出来るようになります。

 

 

万馬券捕獲ソフトを使う場合には、これら①~⑩が完了した後でJRA-VANのDATA-LAB月額2052円のデータ会員に登録していただかなくてはいけません。

そして、DATA-LABのデータベースから過去のレース結果を数年分はダウンロードしていただくことになります。

 

万馬券捕獲ソフトを使う条件としては、

①A-PAT会員であること。

②JRA加入者番号。

③JRA専用口座を持っていること。

④DATA-LAB会員であること。

⑤JRA登録パスワード。

そして、万馬券捕獲ソフトの利用権を6万円でシェアしていただき、3か月分の登録・メンテナンス料1万円の合計7万円を指定口座にお振込みしていただき、ソフトのライセンスキーが届きます。

以後は、3ヶ月ごとに1万円のメンテナンス料が掛かることになります。 継続をされない場合は、この1万円の支払いをしないことによって自動的に退会となります。

 

蛇足ですが、この「万馬券捕獲ソフト」の特徴と他のソフトと比較できないほどの優秀さは、年間650本以上の万馬券を10年以上にわたってデフォルトで捕獲できたことと、DETA-LABからデータを過去5年分でも10年分でも取得して、自分が考えたロジックを様々な角度から検証できるところです。

 

SEやプログラマーなどプロの方々でも、これほど優れたソフトは中々開発できるものではありません。

ですから、このソフト利用者にはこういったプロの方々が自分なりのロジックを検証され、成功されているケースも多々あります。

それこそ、プロのトレーダーのように2つも3つもライセンスを購入されマルチモニターで、トレーダールームを持たれている方もいらっしゃるようです。

 

 

I・K君、JRAのホームページから入り、手順通りに申し込みを進めてくださいよ。

そして、暇な時にはこのホームページから沢山のことを学び、”JRAのことなら俺に聞け”とばかり、薀蓄が語れるようになってね。

 

万馬券捕獲ソフトが3~4ヵ月後に使えるようになったら、次は”この万馬券捕獲ソフトのことなら俺に聞け”と言えるようになってくださいね。

 

そうなれば「万馬券捕獲コンサルタント」として、僕が認定します、そして僕の媒体全てで君のことを紹介してあげるから。

 

そうなってくれたら「女性のための万馬券倶楽部」を全て任すから、後のことは宜しくね。

 

それと無料ブログのアメブロで良いから自分自身の媒体を持ち必ず備忘録的なブログを書いてくださいよ、どんな些細なことでもあなたの後に続く方のためになりますからね。

 

 

 

僕には、他にやらなきゃいけない会員制倶楽部が幾つもあるんだから一つずつあなたたちお弟子さんに責任と権限を委譲していきます。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

女性のための万馬券倶楽部

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

引越しのその後、さぼり癖は相田みつを譲りか?ってどういうこと?

だって『人間だもん』しょうがないよね、誘惑に負けちゃったのは。

 

横浜に引っ越してから何もする気になりません。

毎日日記を書くつもりが、つもりのままでサボりがちです。

 

 

引越しの荷解きも全然できていません。

段ボール箱、どの箱に何を入れたのかメモっていませんでした。

これじゃ、やる気がなくなるのは当たり前です。

 

ところ狭しと、そのままダンボールが積み上げられています。
誰が片付けるんでしょうか?

 

誰もやってくれるはずがありません。

 

 

が、草加の寮を退出するに当たってはH・S君に鍵を預け、引越しも手伝って貰った「縁」で、「立つ鳥跡を濁さず」にならないようにお願いしてきました。

本当に良く出来た後輩で、いつも感謝しております。

 

 

寮の時のひとコマ、食堂に上がるときの靴を揃えてくれるなんぞは木下藤吉郎なみの親切心でした。

可燃ごみの火曜日と金曜日も、気を使って手助けしてくれました。

 

他の寮生で彼ほど僕に協力的に尽してくれた後輩はいません。

 

 

 

草加市役所に行っての「転出届」も未だ貰いに行ってません。

勿論、横浜市中区役所に「転入届」も行けるはずがありません。

免許証の住所変更も当然、行けていません。

 

 

珍しく郵便物の転居届けだけは、23日に出し25日からと指定して転送してくれるようになるはずです。

 

 

 

思い出してもおぞましいのは、引越しの時のオートロック。

何度も妨害されて、他の住人の迷惑を考えると申し訳ないとただただ頭を垂れるだけ。

失礼な言い方かもしれませんが、9階建て各フロア17部屋、2階以上が安いビジネスホテル仕様のような作りの153室。

 

1階には管理人室、コインランドリー・乾燥機付き、引越し当日に初洗濯しましたが、洗いに300円・乾燥200円で一週間分ができた。

これじゃ洗濯機を買うまでもない、大変重宝にさせていただきます。

 

 

オートロックに辿りつくまでのアプローチの2段差の階段、迷惑極まりない、何往復したか忘れたが御蔭で筋肉痛が未だ引かない。

 

電車に乗っても手摺りを頼りにしなくちゃ、座れない立ち上がれないの2重苦だったんだからね。

 

 

冷蔵庫は要るよね、冷えたビールやホッピーは最高だから。

炊飯器も要るよね、自炊して生活費を切り詰めるんだから。

電子レンジは?当然チンするから必需品じゃないの?

オーブントースターは?朝のトーストには要るでしょ。

鍋やフライパンは?自炊となれば要るでしょ。

 

 

食器や容器、グラス類、やっぱり要るよね。

だったら食器棚は?

 

 

靴だってそうでしょ、靴箱が要るんじゃない?
靴って知らないうちに増えるもんだよね。

 

 

壁に何も掛ける手段がないのは、どうして?

やっぱり安ホテルのイメージを引きずってる?

 

 

 

最初に描いた構想の部屋の見取り図は?

パソコン最低2台を置くデスク、プリンターは何処に置く?
椅子はどうするの?疲れない椅子でなきゃ駄目でしょ。

 

ベッドをソファー代わりに使えば良いんじゃない?

ってか、誰が訪ねて来るの?

若しかして、元奥さん?

変な期待するんじゃないよ、このお馬鹿さん。

 

 

 

 

兎に角、環境を一新したくて横浜に帰ったんでしょ。

今のこの環境を大切に、やるだけのことをやろうよ。

 

 

今度の日曜日は、ダンボールの仕分けと片付けからだよ。
そして、生活必需品だけ買いに行こうね。

 

断捨離じゃないけど、身軽になろうね身軽に。

 

 

だって、いつも言ってるジャン。

「立って半畳、寝て一畳」って。

 

これって66歳にしてマイホームも持てなかった僕の最大の言い訳かもね、娑婆にいるだけ儲けものってか。

 

何とか、布団敷けるだけのスペースを確保しようよ。
ベッドなんて贅沢言わないでさ。

 

 

だって人間なんだものって、色々と自分勝手に使い分けることが出来るイイ言葉だよね。

 

本当にここ数日、何もする気になれなかったのは事実。

でも、昨夜Gyaoで一日遅れの「タラレバ娘」見てて思った。

自分自身に忠実に生きなくっちゃね。

 

 

『だって、自分の人生だもん』

 

 

少しだけ疲れ気味なので、この辺で。

いつもありがとうね、最後まで付き合ってくれて。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

引越し

ああ上野駅、伊沢八郎が歌っていたが僕には別の上野がある。

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

 

今日は南千住の現場に行き雨のため中止、会社のミスを確認させて1日の保証を得る。

昨日から雨休みは予想されていたが、会社の不手際というか単純な留守電を聞かなかったと、初歩的なミスでしかない。

今日の現場、五人だが皆中止を願っている、当たり前だが作業員さんの車が1台も来ていないのに仕事ができるはずはない。

案の定というか会社とクライアント側の連絡ミス、くどいようだがあってはならないことなんだよね。

でも、やっちゃった仕方ないけど会社がペナルティを負うのが当然です。

我々は、仕事もしないで1日分が保証されるという皆が望んでいた結果に大喜びで、現地解散。

 

僕の魔がさして途中下車したのが上野駅。

久しぶりに朝っぱらから飲みたくなった、というか祝杯をあげたくなったのが上野。

丸井の横を右折してすぐ左にある「タキオカ」、24時間営業している立ち飲み屋🍺🏮。

入店時刻8時54分、退店は9時32分のショートタイム。

アサヒスーパードライの瓶ビール2本820円。

煮込み160円
豚バラ塩焼き2本230円
野菜天160円

超明朗会計、チップ無し。

合計金額1370円の幸せを感じるキャッシュオンデリバリーの最先端システム。

 

ほろ酔いの自分に「ああ、上野駅」が大好きだった山形県余目出身の先輩T・Tさんが重なってくる。

癌の宣告を受けて、誰一人お見舞いも受付なくてそのまま旅立った。

 

水商売の先輩であり、教材屋では社長の運転手兼秘書をやってた。

渋谷や新宿の大箱でマネージャーをやっていたので交友関係が凄かったし、何かと気を使ってくれながら足も引っ張ってくれた人。

 

 

僕には「家庭教師派遣業」のM&A物件をやらせといて無駄な出資をさせられたり、「大箱店」や「温泉ホテル」などを経営していた歌舞伎町伝説のオヤジの右腕にならないかと斡旋してくれたりもした。

寒さ厳しい1月から5月まで玉川学園にあった要塞のような事務所で朝の7時から18時まで書生か営繕係かというようなことをして、やっと認めてくれた。

六本木で旅行代理店をやってた時代のことだが、この人の空いてた西新宿7丁目のビルへと安い家賃で移転もした。

旅行代理店を会社ごと引き受けるという話から始まったけど、最終的には僕だけを狙っていた。

 

 

水商売で成功した人だったから、人を見る眼が半端じゃない。

社員は、新聞募集で幾らでもくるから篩に掛けられるとの割り切りで幹部社員を採用をしていた。

そして、少しばかり様子を見てから各温泉ホテル経営の小会社の役員に登用する。

これぐらいドライにやらないとまともなことでは成功できないことをまざまざと無言のうちに教えてくれた。

 

 

僕のどこを買ってくれようとしたのか、「企画力」と「統率力」。

次から次とホテル案件が届けられる、玉石混交の危ない案件も含まれてのものだ。

その見極め、新たに仕込む場合にも企画力が絶対に必要だ。

また、何十人とか何百人とかの従業員を統率する力も当然だ。

幾つかの事業計画書も作成した。

 

一度、旅行代理店の社員の総意でオヤジのもとに行くことを断った。

が、夏になり右腕というか左腕として幾つかのホテルの社長をやらせていた人に辞められてしまった。

突然の呼び出しだったが、ベンツ560SECの鍵と「ポケベル」を持って行けと言われる。

そして、1ヶ月間の時間で考えをまとめてYesかNoの返事をくれと。

教材屋の社長とも喧嘩別れしたあとだったので、微妙に心が揺れた。

けど、やっぱり人の下ではやれない性格の僕。

 

「鶏口牛後」を教えてくれたのが実の親父。

 

どんなに苦しい戦いが待っているかもしれないが、厳しい道を選択することにした。

 

 

 

その後も、T・Tさんとは何かにつけ良く飲んだものだ。

女性がいるお店は勿論のことだが、一番のお気に入りは渋谷しょんべん横丁の「鳥重」さんだった。

名物おかみの目を誤魔化して規定された以上のお酒の注文をして見たり、焼き鳥も大串なのでそんなに頼めないのだが無理言ったり。

常連としての我儘を言えたお店も店仕舞してしまった。

残念なことだけど、人の命の儚さと同様にお店にも儚さが残る。

 

蛇足だが、僕を必要としてくれた人の会社は230億円の負債を抱えて倒産と日経新聞にも大々的に書かれた。

水戸黄門じゃないけど、大きな会社にするのも成功するのも助さん角さんのような、右腕と左腕が必要だったようだ。

 

 

僕は悪運が強いのだろう、巻き込まれずに今も生きている。

もう少し、何かやるべきことを残しているようなので初めて上京した時のような新鮮な自分に戻って原点回帰します。

 

やっぱり、「ああ、上野駅」は井沢八郎さんよりT・Tさんだ。

楽しかった思い出をありがとう、ご冥福をお祈りします。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

思い出

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

引越しシーズンに引っ越しは、若しかして始めてかもね。

今日たまたま、日本橋兜町に仕事で行った。

兜町14とだけ聞いてのことだったが、グーグルマップは警視庁中央警察署のブロックを教えてくれる。

9時からのはずだが8時前には現地に到着。
草加から日比谷線茅場町まで乗り換えなしの一直線。

仕事場は、中央警察署の横が立ち位置だった。

 

10数年前、日本橋兜町に住んでいた。

あの有名なツカサのウィークリーマンション、シャワーしかない2畳くらいの狭い部屋で結構の経費を払わせられた。

今回の横浜の四畳半の部屋が広く感じるなんて嬉しいね。

 

 

横浜で最初に暮らし始めたのが、中区翁町でO・Sさんと同棲。

その後、どうしても一人暮らしがしたくなり長者町4丁目。

ここへ元奥さんが押しかけてきて同棲が始まる。

一度別れて一人暮らしを満喫していたのに舞い戻って来た。

 

そこで出来ちゃったとなり、議員秘書をしていた友人に頼み紹介して貰ったのが南区睦町1丁目、2票になると期待されてのもの。

子供が大きくなったからと引っ越した先が、南区永田東1丁目。

 

 

ここを僕だけが先に出て、稲城市の友人宅に居候。

大家にばれて居ずらくなり、ホームレス。

 

 

先輩の事務所のソファーをベッド代わりに使ったのが西新宿3丁目。

 

 

そして、引っ越したのが日本橋兜町のツカサの部屋。

東京証券取引所の目と鼻の先、名刺の住所は最高にウケタ。

でも、生活するには不便すぎた。近くにコンビにもなかったから。
日本橋コレドの東急ストアが一番近くて徒歩7~8分。

 

 

その次が、中央区新川2丁目、茅場町から徒歩4分。
友人のワンルーム事務所の居候から、名変して賃貸する。

が、家賃滞納で追い出される羽目に。

 

 

 

そこで、中央区と社会福祉事務所に泣きつく。

便宜的に住まわされたのが、港区南麻布3丁目。
住所だけはイケてるが、風呂無し共同便所の昭和のアパート。

無理やり引越し費用・住宅手当と生活費を社会福祉協議会から借用し借りたところが、日本橋馬喰町の駅上の古いマンション。

 

 

ここで、あの東北大震災を経験する。

インターネットで遊んでた時に半端ない揺れにデスクの下に身を隠したり、大きな柱にへばりついたりの時を過ごす。

部屋が7階にあり、エレベーターが止まったり水道が使えない、電気もつかない、ガスも駄目。

携帯ガスコンロのガスボンベは、売切れっぱなしでいつ入荷するのか分からない。

何もすることが無いから数日間は、ベッドで寝てるだけ。

 

携帯電話が辛うじて使えるようになってからは、限られた人にだけ安否確認をする。

が、福島県浪江町でスナックをやってたM・Rさんだけは音信不通のままで未だに連絡の取り様が無い、悲しいね。

 

 

広島の友人が送ってくれた段ボール箱一杯のインスタントラーメンなどの食料は本当に助かった、二度もだから。

ありがとうね、感謝しています。

 

 

馬喰町も家賃滞納で、取立て人が来る始末。
機転を利かして一筆入れ、隙を見て友人の事務所に最低限の段ボール箱の引越しをする。

 

 

そして、体は上野界隈のカプセルホテルを数ヶ月間定宿にする。

 

途中で数ヶ月、4つ年上の兄弟分のアパートに世話になる。

 

 

その後、弟子の知り合いから調布市緑ヶ丘のアパートを借りる。

が、またまたまた家賃滞納でホームレスか?

 

 

 

となった時に、今の会社に世話になることを決める。
面接をして翌日から新任教育をうけ、寮に入ることとなる。

30ヶ月、よく働きました。

寮の生活も寮名主気取りで自由にさせて貰った。

本当に感謝しています。

 

 

 

でも、もうこれ以上は時間を無駄に出来ません。

2つの会社と1つのNPOを成功させるための時間が必要なんです。

 

 

 

横浜に帰りたくなったのは、住み慣れた町だからということが一番の理由のようだが、本当は環境が人を作るから。

今の僕が一番やりたいことをやれる環境、それが今回の引越しなんだよね。

横浜に帰っても、昔の友人には会わない1年間は。

 

 

 

折角環境を変え、決意も新たに自分自身に挑戦するのに必要なものはコツコツと単純作業をし続ける勇気と覚悟だけ。

諦めずにコツコツ作業を1年もやれば、必ず成功はあとからついてくると確信している。

 

 

 

自分の全知全能、失敗の経験知、色々とインプットしたものを全て吐き出すこともする、アウトプットの鬼となり教える。

教えることの中から学び、一回りもふた回りも大きくなれる。

そして、【夢は一緒に掴むもの】を具現化していく。

 

 

 

横浜時代からの引越しだけで、何度か「住めば都」があった。

 

が、仕事の上での事務所の引越しはこんなものではない。
友人が呆れてた、「会うたびに名刺の住所が違いますよね」って。

機会を見て、事務所の引越しも書いてみたいと思う。

 

 

 

本当は、日本橋兜町の思い出を書きたかったけどゴメン。

 

 

 

明日は、13時にレンタカー屋さんに行く。
朝からダンボールを整理して引越しの用意をしなくちゃいけない。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

引越し

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

柴又帝釈天に仕事で行き、2年前を懐かしんできた。

今日は、いつもの南千住の仕事が夜勤となったので僕は日勤にしてもらい高砂の資材置き場から柴又へと移動して勤務に就いた。

先週土曜日に僕の職場に助っ人として来てくれた2人に挨拶から。

先ずはお礼、そして今週の出来事などの話題で和む。

一番厳しいところで手伝いますよと、謙虚に提案する。

予め期待していたのか、待ってましたと言わんばかりに歓迎される。

内緒話だがと、余りたいして仕事ができるのがいないから助かると。

立ち位置は、帝釈天の大鐘楼(鐘つき堂)が目と鼻の先のところ。
うなぎの宮川の横の通り入り口、車両の出入りの要となるところ。

12時に、僕のことを歓迎してくれたかのように大きな鐘の音を聞かせてくれたのはご隠居様でも佐藤蛾次郎でもなかった。

 

 

2年前の3月から10月までの7ヶ月にわたり通いなれた柴又。

当時は柴又4丁目の柴又小学校付近での仕事が多かった。

沢山の知り合いが出来た町、懐かしいよね。

 

今日も、黒猫のお兄さんやヤクルトのお姉さんの馴染みにも会った。

介護ヘルパーのお姉さんの車も2回ばかり見かけた。

帝釈天の参道の、良く買った佃煮屋さんも草団子のお店も健在だ。

この辺りはどことなく巣鴨と似たような客層が一杯いる。

赤フンも売っているし、真っ赤な下着ばかりを売ってるお店がある。

金のうんこ、金運が付くと景気良く呼び込みをしているお店もある。

大判焼きや、焼きそば、夏はカキ氷のお店もある。

今日のお昼は、駅前の立ち食いそばで「天ぷらそば」だった。

 

僕のお気に入りだった「柴又・たこ焼き」は、今は無い。
メンチカツの美味しかった肉屋さんも、新築の住宅になっていた。

 

 

柴又駅前には、「寅さん」の銅像が建っている。
殆どの人が記念撮影をしているが、渥美清さんが亡くなられて20年以上になると八百屋の健ちゃんが教えてくれた。

久しぶりで健ちゃんに会いに行くと、「さくら」の銅像も寅さんの横に建つとポスターをみせてくれた。

何と今度の25日土曜日、26日日曜日が除幕式で山田洋次監督やさくらさんの倍賞千恵子さんも出席されるとあった。

寅さん記念館では、記念の手ぬぐいを無料プレゼントするとも書いてあったが、当然のこととして数には限りがある。

 

 

この健ちゃんは、大昔に学校の先生をしていたという。
が、八百屋をはじめて結構な年数やっているとも。

一つ違いの弟さんが、明治大学の教授をこの2月までしていたというが、最近は付き合いも薄くなっているそうだ。

自慢げに新聞記事の切り抜きなどを見せてくれるのは微笑ましい。

二人とも柴又生まれの柴又育ちの柴又有名人らしいのだが……。

 

 

我が家の兄弟とは相当な違いがある、殆ど付き合いしていないし。
実の母親の葬儀にも行かない僕のせいでもあるのだが。

宝焼酎のお湯割を2杯ばかりいただき、乾きもののおつまみも、小1時間くらいお邪魔して帰路に着いた。

 

 

寅さんが亡くなって20年ということは、この20年間一本の映画も作られていないことになるが、この寅さん人気は何なんだろう。

そこそこにお年を召した方々が多いのが特徴の町だが、住宅街には若い次の時代を担う子供たちが一杯いる。

三世代同居が当然のような、僕にとっては羨ましい限りのところ。

 

 

矢切の渡しは、歌碑だけが残っているが渡し舟以外は何も無い。

ちあきなおみの「矢切の渡し」が一番良いと思うのは僕だけ?

昭和の歌姫は、やっぱり「ちあきなおみ」だよね。

一時期、YouTubeにあったちあきなおみの歌を全てリスト化したことがあったが、一つ前のノートPCに保存しバックアップしてなかったので、今はもう無い。

確か、寅さんのマドンナにもなっていたように記憶しているが何も覚えていない、悲しいね。

 

 

横浜に帰れば、殆ど行くことは無いだろう。

が、気になるところだから誰かイイ人ができたら行ってみるか。

観光気分で行くと、視点も違って新たなる発見があるかもね。

 

 

草加も明日寝れば、日曜日には横浜の人となる。

嬉しいね、横浜の人って響きが良いよね。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

思い出