LINE@コンサルタントについて弟子と話した。

LINE@コンサルタントについて弟子と話した。

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

LINE@コンサルタントについて弟子と色々と話しました。

結論から言うと、LINE@コンサルタントって何?という温度差。

 

 

今がガラケーからスマホに代わり、70%以上の人がスマホを利用しているにも関わらず、本人はガラケーというかPHSのまま。

 

何でスマホなんですか?

ここから説明しなければならない(泣)。

 

 

それはね、バブル期に肩掛け携帯型のハンドトーキーという自動車搭載型の携帯電話が出てきたところから始めなければならない。
その後の「ポケベル」時代に。
そして、PHSとガラケーに、モバイルPCの100円ポッキリとかも。
大体7年周期で代わってきて、スマホが主役となっている。

 

 

商売をやっている人は、当然のごとくスマホの2丁拳銃は当たり前。
特にホステスさんやママさんは自然と使い分けている。
携帯電話の時から2丁拳銃に慣れてる人は、LINE@の話をしても理解が早いし、どうやれば集客に結びつくのかを聞いてくる。

 

 

それに引き換え、弟子だけではないけど「情報リテラシー」が低い人達にはサッパリ通用しないのが今風なのか?

勝ち組、負け組と言われるようになって久しいがこの情報リテラシーのある無しが多分に両者を分け隔てていると思う。

 

 

これまでも色々と振り回された。

真面目な人だから、一生懸命に教えてあげようとする。

が、これって本人のためになるのかな?

 

 

 
僕は、昔から

「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、
釣り方を教えれば一生食べて行ける」と言った老子が好きだ。

「人に授けるに魚を以ってするは、漁を以ってするに如かず。」

 

 

師匠の吉田松陰先生は、孔子や孟子を手本にしろと言われているが
老子も捨てたものではないと僕は考えている。

 

「賢人は財を蓄えず。」
能力に乏しい人間は往々にして求めることばかりの欲しい欲しい病に罹るが、その結果かえって貧しくなる。真に道理に通じた者であれば、まず他人に与えることを考えると言われてる。

 

 

商売人として絶対に不可欠な本質、
「足るを知れば辱められず。」

欲というのは人に宿す最も大きな業であり、欲にまかせ行動すれば、今に亡者となって後世の人々から笑われる。「知足」の境地こそが幸福な人生をもたらすとも言っているおられるのだ。

 
「人に与えて、己いよいよ多し。」

精神的豊かさを得る一番の道は、他人への奉仕をすることだ。呼吸するとき、人は息を吐いてから吸う。何かを得ようと思えば、まずは自分から出さなければならないとも言われてる。

 

 
だから、これから僕は目一杯与え続ける側になります。

 

 

なんあていっちょ前のことを言っても、すぐにメッキが剥げる。

 

 

 

 

けど、今日は頭にきたこと一つ。

楽天銀行の残高を調べて、銀行のATMに走る。

 
みずほ銀行の法人口座が使えないという。

仕方なく、」三菱東京UFJ銀行の法人口座に手を出す。

 

そして、ゆうちょ銀行から楽天銀行の個人口座に入金した。

 

残高を調べて1時間後くらいだと思うが、入金額が足りない。

悔しいけど2000円を使いして入れる。

2度も自分の口座に入れる手数料が270円×2回で540円も取られてしまう。

 

 

どう考えても理不尽なところがある。

自分の口座に入金するのに手数料が掛かるなんて、フザケルナの話だ。

幾らゆうちょ銀行のATMを借りているといえども、どうかと思う。

借り賃は幾らなのか、明確に示してほしいものだ。

 

540円の金利を得るために一体幾らの預金をして得られる金額だと考えているのか、楽天銀行に教えてほしいくらいだ。

 

 

普通にメガバンクだと入金に手数料など取るはずがない。

 

この辺のことは、護送船団方式のお目こぼしなのか?

お代官様にも何とかしてほしいものだ、

 

 

 

文科省の元お代官様は、よくぞ言ったと拍手喝采したいけど安倍のポンポン痛い君は逃げ切るつもりだろうね。

結局は、弱いものが負けるいびつな社会だ。

 

 

 
だからこそ、弟子にももっともっと与え続けるし、昔世話になった営業の人達にも与え続けることにして、このブログをカスタマイズすることにした。

 
楽天銀行を使わざるを得なかったのは、このカスタマイズのテンプレート購入資金だったのです。

 

 
本当に久しぶりで憤慨した、この記事も金麦を飲みながら書いているから若しかして支離滅裂なこと言ってるかも。

 

 

 
くだらない戯言に付き合っていただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 
会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

吉田松陰をめぐる女性たちという本を読んだ。

吉田松陰をめぐる女性たちという本を読んだ。

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

数日前に伊勢佐木町の有隣堂の前でやっていた古本のワゴンセールで250円+消費税で買った「吉田松陰をめぐる女性たち」を読む。

木俣秋水という方が書かれた本だが、著者の経歴なぞは知らない。

題名が気になったから手にしたが、古本屋の2人のおやじの態度がちょっとだけ胡散臭かったのが玉に瑕。

 

 

松陰先生には、女性の影は無いはずなのに「めぐる女性」とは?

気になって当たり前なのだが、若しかして僕の勉強不足?

が、そうじゃなかった。

 

やっぱりねって、感じの目次だった。

一の章ー母瀧子の巻

二の章ー義母吉田久満子の巻

三の章ー妹千代の巻

四の章ー久坂文子の巻

五の章ー烈婦登波の巻

六の章ー入江満智子と高須久の巻

七の章ー吉田松陰の女子教育論

 

 

生き急ぎ、終生寸暇を惜しんで勉強された先生に女性は似合わない。

俗に言う女にうつつをぬかしている時間は無かったのだから。

 

いの一番にお母さんのことが書かれているのが素晴らしい。

この母にして、この子ありだからね。

 

 

松陰先生のお兄さん杉民治の小文の[現代語訳]

文政九年十二月杉百合之助と結婚した。
三男四女を生み、長男民治が杉家を継ぎ、次男寅次郎は吉田家の養嗣子となった。
四人の女の子も中、三歳艶子は耀に幼にして死し、長女芳子(千代)は児玉氏に、次女寿子は小田村氏に、四女美和子(文子)は久坂氏と結婚、末子の敏三郎は不幸唖であったが、早く死んだ。

瀧子は仁愛の精神を持ち、且つ勤倹、辛抱強かった。
杉家は貧乏であったが、最初は萩城の東護国山の南の麓に住いし、常に田畑を耕し、暇あれば学業に励んだ。
瀧子も夫に従って、或いは野に耕し、山で木を切り、寒暑を問わず働き、具に労働の苦しさを味わい、時に女ながら馬を使って畑で働いた。
その後、百合之助は百人中間組頭兼盗賊改め方に任ぜられ城中に住むこと六年、しかも家では女中や僕べを雇う資力は無く、瀧子が夫に代わって一切の家事を処理し、田畑を耕作した。
洵にその勤労は見上げたものである。

しかし瀧子は平然とし、貧乏な環境にありつつ、子女の教育に特に心を用い忙しい家事であっても学問だけはちゃんとするように指導した。
父の弟玉木文之進は人となり厳しく、簡単に人を褒めない人物であったが、瀧子だけは大丈夫ですら及ばずと激賞した。
後に寅次郎が成人して松下村塾を継ぐことになり、城下の青年が来学したが瀧子はこれらの弟子たちを可愛がり、時たま物品を与えて誉めたりした。

 

 

陽気な母親像
松陰の母瀧子は、また陽気な人であった。結婚後、家庭で身体と精神の疲労を癒す一番よい方法は入浴であると主張して、貧困の中にも毎日湯を沸かした。
ある時、兄梅太郎が足にあかぎれが出来ていたところに入浴したので、傷口が湯にしみて痛み、歩く時に足をつまだてて歩いていると、その姿を見た母親が「あかぎれはこゑしき人のかたみかなふみ(踏み)みるたびにあいたくもある」という狂歌を詠んで家内中を笑わしたり、またその梅太郎が成長して結婚した時、その夫人が家内が多いので洗濯物が多くて困っている時、たまたま蚊帳が破れて嘆息しているのを見た瀧子は「やぶれかや程目出度きものは無し、つる(吊る)とかか(蚊)めが舞い下る」と唄って爆笑さした、という
逸話もある。

 

 

松陰先生が獄中で断食に入ったと聞き、

ひと筆申し上げます。そなたはどうして暮らしておられますか。先日は断食の事を薄々耳にし、余りにも心配なので申し上げます。昨日より食事をお断ちということを聞いて驚いています。万一そのために死ぬ、ということがあれば第一の不孝、洵に口惜しい次第です。母も最近は病気がちで弱っており、このままでは長生きも難しく、たとい野山の獄中に居ても、無事でさえあれば自分にとって大きな力になりますので短慮をやめて長生きをしてくれることを祈ります。
この品はわざわざ作って送りましたのでお母さんに対し(母の顔をたてて)、是非食べて下さい。幾重にもお願いします。心を改めて下さい。かえすがえすも祈ります。

 

 

松陰先生が江戸送りとなる最後の一夜

瀧子は、松陰が風呂に入った時、初めて母子二人となり、その肩を流しつつ、「大さん、きっと無事に帰って下さるでしょうね。」と言ったところ、松陰は力強く、「大丈夫、必ず帰ってきます。」と答えたと言う。
しかし、妹たちには、
「心あれや人の母たる人たちよ、かからん事は武士(もののふ)の常」の一首を送り、すでに必死を期した心境を和歌に残している。

 

 

「父と兄、玉木叔父」への永訣の手紙
平生の学問浅薄にして至誠天地を感格すること出来申さず、非常の変に立到り申し候。悔部嘸嘸愁傷も遊ばさるべく拝察仕り候。

『親思ふ こころにまさる 親ごころ
     けふの音づれ 何ときくらん』

 

 

十月二十七日 辞世の句

吾今国の為に死す、死して君親に負かず、悠々たり天地のこと、鑑照明神なり

『身はたとい 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂』

この時に斬首した首切り浅右衛門(山田浅右衛門)は、愈々首を斬る刹那の松陰の態度は真にあっぱれなものであったと。
悠々として歩を運んで来て、役人共に一揖し「御苦労様」といって端座した。その一糸乱れざる、堂々とした態度は幕吏も深く感嘆した。

 

 

瀧子の宗教観

『生きて皇恩に浴し、死んだ後には極楽に遊ぶ、人間の幸福之に過ぎるものは無い』

 

 

戒名
「実成院釈知覚乗蓮大姉」

大谷法主がつけられてという。

また、法主は死に当たって

「国のため つくしゝのみか 伝えつる 
      みのりの道は ふみもたがへず」と詠まれたという。

 

 

妹(千代)へ

「婚家を大切にすること、夫を敬うこと、奢りを戒しむる事」
の三か条を家訓として残すように教える。

 

 

女学校建設を提唱される

四十歳、五十歳以上の武士の未亡人で貞節を守る堅固な婦人で、学問、技能を能くする者五、六人を教師として学校内に寄宿さし、武士の子八歳から十歳以上の者に手習や学問、そしてまた婦人の道等を練習させ、希望のこれら生徒の寄宿も許し、きわめて厳正に教育することを主張している。

『教法極めて厳整を要す』と。

 

 

 

松陰先生の女子教育論

真の人間を作ろうとするには先ず真の母性を作らねばならぬ。

苟くも、士道を行はんとすれば先ず女性を教養せねばならぬ。

昔から英傑の事蹟の跡をみるに、何れも母が偉いので、孟子の母が
居を三度び遷した故事は、今日でも教育に対する孟母の偉大な見識を物語る逸話として伝えられ、村や街の風教を興すには、先ず女子教育の振作が大事であると云う事実を看破されていたという。

 

 

 

翻って我が福だるま家の母は、浄土真宗の家系から脱し狐つきの講である創価学会とやらに逃避した。

 

僕の女性遍歴は、このことがトラウマとなって小さな「しあわせ」を求め続けていたのかも知れない。

 

が、これが最後の女性だと思っていた人との熟年離婚。

三行半を突きつけられる不甲斐無さは、僕らしいけどね。

 

でも、人生これからだ。

次の恋愛が出来ることを信じて、楽しく面白いことをしていこう。

 

 

 

尊敬してやまない松陰先生の一面を書くことができて幸せでした。

僕は、お風呂に入って肩を流して貰った記憶など一切ないが、このシーンを思い出すたびに泣けてくる。

 

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。

「夢を見ることができれば、夢は叶う」とW・ディズニーは言ったが…2017.4.1

「夢を見ることができれば、夢は叶う」とW・ディズニーは言ったが…2017.4.1

こんばんは、会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまです。

「夢を見ることができれば、夢は叶う」とW・ディズニーは言ったが…、僕のお師匠さんの吉田松陰先生は、

夢なき者に理想なし

理想なき者に計画なし

計画なき者に実行なし

実行なき者に成功なし

故に、夢なき者に成功なし

と、今時のアフィリエイトの未熟な先生たちのように何でも「行動」という前に、最初に「夢」が一番大事であることをディズニーさんが生まれる前から同様に教えてくれています。

 

昨日で退社したので今日からは自由人、目覚まし時計に縛られない自分の時間で仕事や生活をします。

そのためには、夢というか「目標」を紙に書き、それを毎日音読しながら潜在意識を目覚めさせることから始める。

そして、時間の有効活用を意識しての毎日の時間割というかやるべきことの時間配分をしてみた。

計画は、ここ数ヶ月かけて日々進化させてきているので、後は行動あるのみでワクワクしてる。

 

今日は4月1日、朝一番のLINEで仲間であり弟分の良ちゃんから「年度始め」の挨拶がきたので、月が替わればツキが変わるからお互いに楽しくやりましょうと返信した。

着なくなった制服を洗濯しようと思い立つが、洗剤が無い。

仕方なく雨の中を出かけることにするが、伊勢佐木町まで行くので
気分転換に冬の間伸ばし続けた髪を切ることにする。

 

早速、google先生に教えてもらう。

「QBハウス 店舗」で検索をかけると、横浜市営地下鉄「関内駅」の前にある。

関内駅も桜木町よりで石川町よりではなく、尾上町となっていた。

お店に入り、「QBCARD」を店員さんに見せるも今日は土曜日だから1080円ですよと言われて、この80円の無駄な出費に悩む。

が、折角の思い立ったが吉日の断髪式?

しぶしぶ1000円札と100円硬貨をカード発行機に入れる、20円のおつりは当然取り出す。

3席あるけど、3人のお客さんが使用中だったが一人が終われば僕の番。

「今日はどの様になさいますか?」

『3mmのバリカンで借り上げ、頭頂部10mmくらい残してスポーツ刈りでお願いします』

「かしこまりました」と復唱してやってくれる。

それこそ、ものの10分で出来上がりだ。

いい仕事をしてくれます、QBハウスさん。

 

 

僕は、QBハウスさんの新店舗やリフォームの仕事をさせていただいてたことがある。

港区南青山2丁目にある会社のダミー社長として数年間お世話になっていたから、その恩返しとしてずっと散髪はQBハウス。

毎月3~4箇所の内装工事の仕事を貰っていたので、そこそこの売上はあった。

大政奉還して義理のある社長に戻したが、未だに健在のはずだ。

そう言えば、暫く連絡をしていないけど気が向いた時にでもしてみよう、僕が金食い虫のように思われている唯一のスポンサーだった人だから、絶対に恩義は忘れない。

 

 

QBハウスをあとにして向かった先は伊勢佐木町商店街、ぷらりぷらりと「イセブラ」をしながら、福富町にも足を伸ばす。

 

何気に気になっていた「クライスラー」という老舗のバーがまだあった、ありがたいことですね、暇を見て来よう。

まだお店をやっていた30歳の頃に付き合っていた女性と思い出のところ、ジュークボックスにマリリン・モンローの「帰らざる河」をみつけ、何度も何度も掛けて彼女に無理やり付き合わせたっけ。

あのジュークボックスは、どうなったかなあ?
結構な年代物だったからね、無事だったら感激の余り涙涙かも。

 

 

で、ドンキホーテ伊勢佐木町店に行き生活物資の買いだめ。
「majica」カードを購入して、使ってみた。

部屋に帰り、スマホでカード情報と個人情報を登録。

ホリエモンが言ってたけど、電子カードの普及が日本は遅れてるらしいよね。

僕は、SUICAやpasmoしか使ったことが無かったので良く分からないけど「majica」は何となく好感が持てた。

 

一円玉の端数をおまけしてくれるサービスは、僕好みだ。
年中無休でのおまけだから尚更嬉しいよね。

毎日お買い得商品情報がアップされているらしい。

今後は、毎月一定額を入金して会員ランクを上げてみますかね。

 

 

QBハウスにゃ悪いけど、こっちの勝ち!!!

会員の囲みこみをしたいのなら、もっと斬新なことを考えなくっちゃね、QB[ハウスさん。

シニアの消費税分を割引だけじゃね、それも土日使えないなんて。

 

会員制ビジネス構築コンサルタントとして、もっと辛らつなことも書きたいけど止めときます、昔世話になった小西さんだから。

 

 

 

先月末は、WiFiの使い過ぎで7GBの定量オーバーになりインターネットがPCで使えなくなった。

言い訳だけど、ブログの更新もできなかった。

 

追加課金は絶対に嫌だ。

日記もメモ帳に何記事か書いたが、全て没にした。

 

4月は、少し考え方を変えてYモバイルのルーターと2つのスマホの容量GBを意識しながら、毎日必ず書くことにした。

折角の月が替わったのだから、毎朝の習慣にしてみますかね。

 

何て健気なことを書いてるけど、時間配分をした時には朝一番のやるべきことになっている(笑)。

 

 

じゃあ、またね。

今夜は、イイ「夢」を見てね。

いつも、読んでくれてありがとう。

 

 

ごめんなさいね、昨晩書いた記事でした。

 

 

 

 

 

 

会員制ビジネス構築コンサルタント@福だるまでした。