元税務署長の税理士さんの友人と話して感じたこと。

元税務署長の税理士さんの友人と話して感じたこと。

 

こんにちは、ファンクラブ運営コンサルタント@福だるまです。

 

昨日、中学時代の同級生、元税務署長の税理士さんの友人と話して
感じたことを書きます。

一昨日に手紙で長年のご無沙汰を詫ながら近況報告を書いた。

が、印刷しようとしたら「シアン」を取り替えろと指示がでる。

たまたまこの在庫が無かったからドンキに走る。

 

そして、シアンを取替えて印刷するも白紙のまま出てきた。

おかしいなと思いノズル掃除や考えられることをしたが駄目。

 

試し印刷をするとカラーは、出てるが「ブラック」が印字されない。

まだ満タン近く入ってるブラックを新品に取り替える。

しかし、結果は変わらない。

 

なんじゃ、これ?

 

いきなり松田優作モードになった僕がいた。

 

 

そこで、一日頭を冷やし友人には突然の電話することにした。

振り返れば丸45年くらいのご無沙汰である。

 

良く覚えてくれたもんだ。

中学時代に机を並べ、お互いに女の子に興味を持つ年頃だったが
彼は勉強一筋、僕は遊び中心だったが成績は僕のほうが良かった。

 

以後お互いの進路は違ったが最後に会ったのが僕の水商売時代の
北九州・小倉、クラブ九州の駆け出しの黒服の頃。

 

初めての同棲生活を自慢したかったのか、税務大学校に
進学して夏休みで帰省中の彼を小倉に呼び一緒に酒を飲んだ。

そして、彼女を紹介したりもした。

 

その後、僕は青雲の志のもと「銀座」を目指した。

それからが音信不通状態に入るのである。

彼の消息は気になったので、大蔵省職員録を図書館でチェック
したりをしていたから、税務署長になったのは知っていた。

 

松江署長から広島・廿日市署長までは追跡していたが、
ふっと今年に入り思い出した時には、定年過ぎ?

 

慌ててググると広島で税理士事務所をやっているようだ。

 

この4月に電話してみると外出中と奥さんが出た。
昔馴染みの友人であることだけを伝えておいた。

 

 

そして、手紙を書いてみる。

 

 

これからが、本番だ。

電話をしたがまた外出中だと言うので、こちらの番号を伝え
折り返しをお願いする。

 

すると、掛かってきた。

声は、若い、昔と同じような感覚が蘇る。

 

長年のご無沙汰を詫び、近況報告をする。

もっぱら彼は聞き役に徹してくれる。

 

いつもの僕と立場が逆転しているようなことになる。

が、まあいいかと適度にその後を話す。

 

そして、本題の税理士の話となる。

僕がこれからやる事業でどうしても気心の知れた人が欲しい。
だから君に電話したと正直にストレートで話す。

予想外の答えは、顧客が一人もいないので仕事はしたくない。

税理士の看板は出していても休眠状態だし、やりたくないと。

 

近い将来に無くなる仕事に「弁護士」さんや「税理士」さんたち、
士業の先生も言われるようになってきているが、彼は別格。

 

自分から望んでやりたくないと。

 

仕事が無くなるとか、顧客がいないとか、集客できないとかの
そんな低次元の話をする訳では無く、やらないと言う。

 

翻って、彼のこれまでの人生を勝手に想像してみた。

税務大学校を卒業して中国管区で、一大蔵省職員として働き出した。

所詮ノンキャリアの扱いだから、精々末は署長止まり。

以後は税理士稼業というのが最初に敷かれたレールだったのだ。

 

その途中で、お見合い結婚でもして普通に子供を授かり成長させ、
その子らも独立して離れていき、今は奥さんと二人暮らし。

 

この30数年間の給料と退職金、老後は安泰の「年金」がある。

マンションと言えども家賃は掛からない、夫婦2人での年金暮らし。

 

まだ年金がきちんと貰える時代に生きている、それも大蔵省職員。
貰えないほうがおかしいほどの金額は得ているはずだ。

 

何を煩わしく人の面倒を見る必要があるのか?

人と接することさえ煩わしくなっているかも知れない。

 

因みにインターネットやってるか?

メールは?

 

全然、反応なし、何も出来ないというかやっていない。

 

ついこの前にやはり同級生と繋がり、彼とはLINEをした。
まだこの友人のほうがマシだった。

 

僕の想像では、インターネットくらいは当たり前にしてる。

顧客との対応もメールでやっていると勝手思ってた。

 

だから助平根性を出して、ホームページでも作ろうよと
見込客扱いをしていたのだ。

 

ホームページを作り、集客コンサルを別枠で二度美味しい。

 

それが、『何これ?』

 

言葉こそ優しいが、サングラスを外した松田優作ではないか。

 

 

「お前が何をしようが、役に立てない。」

 

糖尿気味なので、ウォーキングするのが楽しみだそうだ。

 

 

悲しいね、本当にオジサンは悲しい。

儚さを覚えた。

 

 

人には色々な人生がある。

島倉千代子が歌ったように『人生いろいろ』

 

 

僕には【夢】しかない。

この夢には、普通の人の人生は微塵も入っていない。

 

若い頃の水商売時代から、世の中のというか人の裏表を観察し、
表裏一体が人であることは分かっている。

 

お客様だった元総理大臣だって裏表があった。

上場企業の社長さんだってそうだ。

一流と言われる芸能人だってそうだ。

アイドルなんて、その代表選手だ。

 

みんな、夢を売るのが商売だ。

 

みんな表裏一体あるから、面白いのだ。

 

 

夢には表裏一体が無いことを願う。

 

 

 

 

ファンクラブ運営コンサルタント@福だるまでした。

税理士をしている君が、ホームページを持っていないことに驚いた。

税理士をしている君が、ホームページを持っていないことに驚いた。

こんにちは、ファンクラブ運営コンサルタント@福だるまです。

中学時代の同級生だった君が税務大学校から、管区の税務署勤務となり、
転々と役人生活を無事勤めあげたのはわかったいた。

40年以上も会っていないけど、最後に会ったのが北九州の小倉時代で、
僕が初めての同棲生活をしている頃だったから45~6年前だったね。

未だ税務大学に行っていた頃のことだと思う。

別れた彼女が地元に戻り、喫茶店兼スナックをやってたのを訪ね、
君が僕が上京したあとも小倉に来てたって覚えていて教えてくれた。

それが、36年前のことだから今浦島のような淡い記憶だ。

 

 

その君が役人生活最後の方で、松江や広島の方で税務署長になって
いたのを何かのニュースで覚えている。

そして今はお約束の税理士さんをしている。

 

 

まあ、クライアントには困らないくらいの実績があったから、
ホームページは作る必要が無いのかもしれない。

 

けど、いまも現役で税理士さんとしての仕事をしているんだから、
名刺代わりにホームページかブログくらいはあった方が良いと思う。

子どもさんのことは、何も分からないが跡継ぎにと考えていたら、
尚更今に生きているということをメーッセージし続けて欲しい。

 

士業の先生が食えなくなる時代が、早晩来るようなことも聞く。
そうなってからでは、対応が遅すぎると思うのは僕だけじゃないはずだ。

 

同じ広島に僕より3歳年上の弁護士をしている母方の従兄弟がいる。

彼の事務所では、若手の弁護士さん2人と一緒にやっているので、
結構なお金を取られたであろうサイトが存在している。

 

その内に、このサイトの良くないところを指摘して僕のファンにする
つもりだけど、もう少し様子を見て改善するかどうかの見極めをする。

 

この2人の弁護士さんは、行列が出来ることを望んでいるはずだから。

 

 

僕は、君がこのブログや僕のfacebook、Twitter、アメブロなどの
媒体を隅から隅までチェックして、僕のファンになってくれることを
期待している。

そしたら、特別友人割引でファンクラブ運営コンサルタントをして、
何から手を付ければ良いのかを教えるし、君に最適なホームページを
僕が作り特別にプレゼントする。

 

このホームページをプレゼントするというのも、永くお互いに関係を
持ち続けて欲しいからに他ならない。

 

僕はこれから日本全国のママさんたちと一緒にファンクラブ運営事業を
進めていくけど、もしこの100人のママさんの中に税理士さんに不平や不満
を持っている人がいたらどうする?

 

真っ先に君に紹介してあげたいと考えるのが、人情ではないかなあ。

 

先程の弁護士の従兄弟にも広島の僕の友人を紹介したことがある。
が、この友人は昨年癌で亡くなった。

 

昨日、君も知ってる中学時代の悪友のK君がLINEで繋がって来たけど、
Kが言うのに高校時代のY君が癌と脳梗塞と心筋梗塞を患い半身麻痺状態で
あると教えてくれた。

 

もう僕たちは残りの人生が悔いのないように生きることを選択しようよ。

お互いが過去に学んだ知識や知恵を少しでも後世に伝えていくことで。

 

それも馬鹿みたいに金の亡者になる必要もないじゃない。

子孫に美田を残すこともないけど、誰かに生きていた証が伝えられれば
それで由としようよ。

 

そのための第一歩が、僕との旧交を温めお互いのことを認め合う。

お互いの会えなかった時間を超越したこれからの時間を大切にする。

お互いの持てる何かを次の世代に伝えていく。

 

 

僕は、熟年離婚を経験させられたけど君のところには元気そうな細君が
いたよね、4月に突然iタウンページを頼りに電話してみたんだ。

けど、君は税務相談か何かで税務署の方に行っているとのことだった。

 

この時、心から羨ましく思ったね。

生き様の違いと言えば、簡単に片付けられることかもしれないけど、
一つの道をずっと歩んできた君には本当に勇気づけられる。

 

今日のブログに書いたことを加筆修正して、君に手紙を書く。

どの様に受け止めてくれるか、想像するのが怖い僕がいる。

 

何をいまさら、ともだちか?

音信不通で45年か?

 

けど、僕の中には中学校時代に机を並べた君の姿しか無い。

確かに友達だった頃があったこと思い出す。

 

あの頃、僕が付き合っていたM・Mさんも3人の男の子がいるって、
聞いたのは今から36年頃の前だったと思う、その後音信不通。

 

キクチンがうちの母親に同窓会をしたがっていると聞いたのは?

米屋のKが親父をあとを継いで懐かしがっていたとか、の話はある。

 

が、僕は意識的に田舎を遠ざけていた。

未だにそうだけど、ここ何年も墓参りも帰っていない親不孝者。

 

そのくせ自分の遊びを優先してきた、だから今がどん底かも。

でも僕の未来は明るい、君や100人のママさんと繋がることが
キットできると信じている。

 

 

楽しくやろうよ。

面白く生きようよ。

 

 

 

じゃあ、また。

 

 

 

 

 

ファンクラブ運営コンサルタント@福だるまでした。